大阪地方裁判所 平成3年(ワ)7444号 判決 1992年9月03日
原告
本田鈴江
被告
品川親司
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金二五二万六七一七円及びうち金二〇二万六七一七円に対する平成元年四月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
団地内の道路から歩道を経て車道に進出した原告が普通貨物自動車と衝突し、負傷したため、右自動車の保有者かつ運転手である原告に対し、損害賠償を請求した事案
一 争いのない事実等
1 次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 日時 平成元年四月一四日午前八時三〇分ころ
(二) 場所 大阪市住吉区浅香二丁目一番先道路(以下「本件道路」という。)
(三) 被告車 被告が保有しかつ運転していた普通貨物自動車
(四) 原告車 原告が運転していた原動機付自転車
(五) 事故態様 団地内の道路から歩道を経て本件道路に進出した原告車が被告車と衝突し、原告が右肘部擦過創、右膝左下腿打撲傷、外傷性肝内血腫の傷害を負つたもの(以下「本件事故」という。)
2 原告は、事故後、医療法人錦秀会阪和病院(以下「阪和病院」という。)において、平成元年四月一八日から同年五月一八日まで入院治療を受け、その後、大阪市立大学医学部附属病院(以下「大阪市大病院」という。)で治療を受けた。
3 原告の損害の補填のため、自動車損害賠償責任保険から一二〇万円が支払われ、うち七六万八九六一円は原告に、四三万一〇三九円は大阪市健康保険組合に同組合が支払つた治療費分として各支払われている。
二 争点
被告は、損害額全般を争い、また、原告には本件道路に突然飛び出して来た過失があるから大幅な過失相殺がなされるべきである旨主張する。
第三争点に対する判断
一 事故態様及び治療経過
前記争いのない事実に加え、甲第一ないし第九号証、第一七号証の一、二、乙第一、第二号証の一、二、第九ないし一八号証、第二九号証、原告及び被告の各本人尋問の結果を総合すると、本件における事故態様、治療経過に関し、次の事実が認められる。
1 事故態様
事故現場である本件道路は、交通閑散な市街地にある片道一車線、走行方向南向きであり、車線の幅員が三メートル、制限速度時速三〇キロメートル、終日駐車禁止であつて、アスフアルト舗装の平坦な市道である。本件道路の東側には二メートル幅の歩道があり、さらに東側には大阪市営浅香第一住宅があり、その敷地内には団地内道路等がある。また、同車線の西側には、対抗車線の西側に二メートル幅の歩道があり、さらにその西側に大阪市立大学がある。本件道路と団地内道路とは、本件道路の東側、前記住宅敷地内にある高さ約一・七メートルの植木のため、相互の見通しが不良であつた。
原告は、原告車である原動機付自転車(大阪市住え三四二一)を運転し、団地内道路から本件道路の東側歩道に出て減速し左方を確認したが右方の確認はしないまま、自転車よりやや速い程度の速度で本件道路に進出した。被告は、被告車である普通貨物自動車(なにわ四〇あ九一四七)を運転し、普段からしばしば通行していた本件道路を時速約三〇キロメートルで南進中、約一〇・六メートル左前方に本件道路に進出しようとする原告車を発見し、急制動の措置をとり、ハンドルを右に切つたが及ばず、被告車左前部を原告車前部に衝突させて転倒させ、原告に右肘部擦過創、右膝左下腿打撲傷、外傷性肝内血腫の傷害を負わせたものである。右衝突により、原告車は、前かご曲損、フロントフエンダー破損、ハンドル左先端擦過の損傷を受け、被告車は、左前方向指示器レンズ破損、フロントバンパー左側擦過、左前フエンダー凹損、フロントスカート左側擦過の損傷を受けた。
2 治療経過
原告は、右傷害の治療のため、次のとおり入通院した。
(一) 阪和病院における入通院
平成元年四月一四日から同月一七日まで通院
同年四月一八日から同年五月一八日まで入院
同年五月一九日から平成二年五月二一日まで通院
(入院計三一日間、通院実日数計一六日)
(二) 大阪市大病院における通院
平成元年五月二三日から平成二年五月一四日まで通院
(通院実日数計一一日。甲第七号証)
原告の各傷害の治療経過をみると、右肘部擦過創は平成元年四月二七日に、右膝左下腿打撲傷は同月二一日に、それぞれ治癒しており(乙第一四号証)、その後の治療は、専ら、外傷性肝内血腫に関するものである。右肝内血腫の腹部エコー検査における腫瘤像は、平成元年四月二四日、阪和病院において直径七・八センチメートル(×四・五センチメートル)、同年五月八日、同病院において直径七・五センチメートル(×五・五センチメートル)、同月二三日、大阪市大病院において直径五センチメートル、同年八月一五日、同病院において直径三センチメートル、平成二年五月二二日、同病院において直径一・八センチメートルとなつており、漸次縮小している。
本件事故後、右肝内血腫により、原告は、運動時や触診時、右上腹部に痛みを感じて日常生活に支障を来したこと及び肝臓破裂等の防止のため、阪和病院に入院し、止血治療、安静加療を要したが(乙第二号証の一、二、甲第一七号証の一、二、第三号証)、平成元年五月一八日、肝内血腫の腫瘤像が縮小し、本人の希望もあつたため、原告は阪和病院を退院し、以後、家庭内安静加療、外来経過観察によることとされた(甲第一七号証の一、二)。そして、平成元年九月、阪和病院での検査では、CT検査によつても肝内血腫が再出血するおそれは認められず、同病院の担当医である金鐸東医師は、原告が休業を必要とした期間は事故後平成元年九月三〇日までと診断している(甲第一二、第一七号証の二。なお、甲第一七号証の二には平成四年九月三〇日までの休業との記載があるが、同書面の作成日、作成の契機となつた甲第一七号証の一の照会事項、甲第一二号証の記載を総合すると、右日付は平成元年九月三〇日の誤記であるものと認められる。)。なお、平成元年一〇月九日付け及び平成二年七月一八日付けの大阪市大病院による診断書では、未だ治癒見込みであり、完全に治癒したとの診断はなされてないが、後者の診断書では後遺障害については認められないものと診断されている(甲第二、第七号証)。
二 損害
本件事故により原告に生じたと認められる損害は、次のとおりである。
1 治療費(主張額六三万二九円) 一九万六九三〇円
甲第四ないし第六号証、第一〇号証、乙第一二、第一三、第一五号証、第一九、第二〇、第二四、第二五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告の個人負担分の治療費は、阪和病院分が一七万一五二〇円(乙第一五号証によれば、二〇六〇円の減額修正がされている。)、大阪市大病院分が二万五四一〇円であり、合計すると一九万六九三〇円と認められる。
原告は、大阪市健康保険組合が負担した四三万一〇三九円も治療費に関する損害として主張する。しかし、同金額を大阪市健康保険組合が治療費として支払つていること(及びその求償により、同金額が自賠責保険から同組合に対し支払われていること)は当事者間に争いがないところ、治療費中健康保険により支払われている分は過失相殺をなす以前に損害額から同額を差し引き控除するのが相当であるから、結局、残損害額は存しないことになり、損害として加算すべきではないことになる。
2 通院交通費(主張額二万一四八〇円) 三五二〇円
甲第一一号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、大阪市大病院への通院に関し、JRの利用により一回当たり往復三二〇円の料金を要したことが認められる。したがつて、これに前記第三、一、2、(二)で認定した同病院への通院実日数一一日を乗じた三五二〇円を通院交通費と認めるのが相当である。
なお、甲第一一号証には、原告が阪和病院にはタクシー及び自家用車で通院した旨の記載があるが、タクシーの利用による阪和病院への通院交通費については、何回現実に通院し、実際にいくら料金として支払つたのかを認めるに足る領収書等が提出されていない上(甲第一一号証によれば、一九回タクシーで往復し、その金額がいずれも九六〇円であつた旨の記載があるが、道路事情いかんにかかわらずすべてが同一金額であるのは不自然であり、信用できない。)、タクシーを利用することの必要性、合理性の立証がないから、同費用をもつて相当因果関係のある損害と認めるに足る証拠はない。また、同病院への自家用車の利用については、これにより、いかなる根拠でいかなる額の損害が生じたのかの立証がなく、他に右損害を認めるに足る証拠はない。
3 入院雑費(主張額四万六五〇〇円) 四万三〇〇円
前記第三、一、2、(一)で認定のとおり、原告は平成元年四月一八日から同年五月一八日まで阪和病院に計三一日間入院していたところ、原告の受けた傷害の内容、程度、治療経過、その他の事情を考慮すると、右入院期間中、一日当たり少なくとも一三〇〇円の雑費を要したものと認められる。
したがつて、本件事故による入院雑費として次の算式のとおり、四万三〇〇円を要したものと認められるのが相当である。
一三〇〇×三一=四万三〇〇円
4 入院看護費(主張額一七万円) 〇円
原告は、前記認定の阪和病院への三一日の入院期間中、原告の家族が付き添い、また、三人の子供を親戚に預け、御礼として一〇万円を支払つた旨主張する。
しかしながら、右入院期間中、付添看護を必要としたことを認めるに足る証拠はなく、かえつて同病院作成の診断書である乙第一一号証によれば、付添看護は要しなかつたことが認められ、また、右親戚に対する一〇万円の支払いも、これを認めるに足る証拠はない。
5 休業損害(主張額四〇〇万五四二五円) 七八万二一六七円
(一) 甲第二、第三、第一三、第一四号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和三三年一〇月四日生まれの女性であり、本件事故当時、三〇歳の主婦であり、近藤こと権鐘龍(以下「鐘龍」という。)と結婚し、家事労働を営むかたわら、夫が経営するうどん店(手打ちうどん関所)に店員として稼働し、本件事故前の三か月平均一七万〇三三三円(一円未満切り捨て。以下同じ。年収二〇四万四〇〇〇円)の給与を得ていたことが認められる。かかる場合、家事労働については、それにより現実に金銭収入を得ることはないが、その労働の多くは、労働社会において金銭的に評価され得るものであり、これを他人に依頼すれば相当の対価を支払わなければならないものであるから、特段の事情がある場合を除き、財産上の評価をすることが必要である。本件において、前記家事労働分と実収入分とを合わせた合計額の金銭的評価額がいかほどになるかを具体的に算定することは困難であるが、原告の実収入額が女子労働者の平均的賃金に満たない場合には、現在の社会情勢等にかんがみ、右合計額は、少なくとも女子労働者の平均的賃金を下回らないものと推認するのが相当である。
ところで、本件事故の前年である昭和六三年の賃金センサス第一巻第一表による産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者の全年齢平均年収額が二五三万七七〇〇円であることは当裁判所に顕著な事実であるところ、原告の事故前の実収入年額がこれに満たないことは明らかであるから、昭和六三年における原告の家事労働分年額と実収入年額とを合わせた年収は、右二五三万七七〇〇円を下回らないものと考えられる。
前記第三、一、2で認定したとおり、原告の平成元年四月二七日以降の治療は、専ら、外傷性肝内血腫に関するものであつて、阪和病院での同年四月一八日以降の入通院、大阪市大病院での平成元年五月二三日以降の通院は、いずれも同肝内血腫に関するものである。そして、同認定のとおり、同血腫の腹部エコー検査における腫瘤像は、平成元年四月二四日直径七・八センチメートル、同年五月八日直径七・五センチメートルであつたが、阪和病院退院後、同月二三日直径五センチメートル、同年八月一五日直径三センチメートルとなつており、漸次縮小していること、原告は、本件事故後、右肝内血腫により、原告は、運動時や触診時、右上腹部に痛みを感じ、肝臓破裂等の防止のため、阪和病院に入院し、止血治療、安静加療を要していたが、同病院を退院した平成元年五月一八日には、家庭内において安静にしていれば足りるとされていたこと、阪和病院の担当医師は原告が肝内血腫のため休業を要した期間は平成元年九月三〇日までと診断していることを総合考慮すると、右治療期間中、原告は、事故後阪和病院を退院するまでは、労働能力を完全に喪失していたが、右喪失割合は、同退院時である平成元年五月一八日ころには七五パーセントに、その約三か月後である同年八月一五日ころには二五パーセントにと漸次低減し、同年一〇月一日ころには概ね就労が可能となつたものと認められる。
そこで、右治療期間中の休業損害を算定すると、次の算式のとおり、合計七八万二一六七円となる。
(本件事故時である平成元年四月一四日から同年五月一七日まで)
二五三万七七〇〇円÷三六五×一×三四=二三万六三八八円
(同月一八日から同年八月一四日まで)
二五三万七七〇〇円÷三六五×〇・七五×八九=四六万四〇八六円
(同年八月一五日から同年九月三〇日まで)
二五三万七七〇〇円÷三六五×〇・二五×四七=八万一六九三円
計七八万二一六七円
(二) なお、原告は、夫である鐘龍と共同でうどん店を経営していたところ、原告の本件事故による傷害のため同店舗の営業を廃止するに至つたものであるから、右損害である八〇〇万円のうち、二〇〇万円が本件事故と関係のある損害である旨主張する。
しかし、原告が右うどん店を共同経営していたことを認めるに足る証拠はなく、かえつて甲第一三ないし第一六号証によれば、原告は店員として給与を支給されていたこと、同店の店舗の賃貸借契約及び同店に関する賃借権、造作設備、什器備品等を譲渡契約は、いずれも鐘龍が締結していることが認められる。したがつて、仮に右うどん店に何らかの損害が生じたとしても、かかる損害は原告自身の損害ではなく、鐘龍に生じた損害にすぎないものといわざるを得ない(付言すると、本件においては、右うどん店の営業実態、収益の推移等が明らかではないから、本件事故がなければ右うどん店の営業を廃止しなかつたことを認めるに足る的確な証拠もない上、本件事故時、かかる特別事情に基づく損害が生ずることつき被告に予見可能性が存したことを認めるに足る証拠もない。)。
もつとも、右うどん店は鐘龍が経営していたとはいえ、妻である原告の労働がその営業に貢献する度合いは大きかつたものと推認され、本件事故により原告が就労できなかつたことが同店の営業に少なからぬ不利益を与え、それにより妻である原告が精神的苦痛を受けたことは認め得るから、この点は慰謝料の算定において相応の斟酌をするものとする。
6 慰謝料(主張額二〇八万円) 一〇〇万円
前記第三、一、1、及び同2で認定した本件の事故態様、治療経過、(特に、本件事故後長期間にわたり経過観察を要し相応の苦痛を受けたこと)、原告の職業、年齢、さらに前記うどん店の営業が不振に陥つたこと、もつとも後遺症があるとは認め難いことなど本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、慰謝料としては一〇〇万円が相当と認める。
7 小計
以上の1ないし6の損害を合計すると、計二〇二万二九一七円となる。
三 過失相殺
1 被告は、本件事故は、原告が原告車を運転し、本件道路の東側にある団地内道路から本件道路に飛び出して来たため、同道路の東端から一・五メートルの地点で被告車と衝突し生じたものであつて、大幅な過失相殺がなされるべきであると主張するので、この点につき判断する。
前記第三、一、1で認定したとおり、本件事故現場である市道は、交通閑散な市街地にあり、車線の幅員が三メートル、制限速度時速三〇キロメートル、終日駐車禁止の道路であつて、本件道路の東側には二メートル幅の歩道があり、さらに東側には大阪市営浅香第一住宅の団地内道路があり、本件道路と団地内道路とは、本件道路の東側、前記住宅敷地内にある高さ約一・七メートルの植木のため、相互の見通しは不良であつたところ、被告は、被告車である普通貨物自動車を運転し、本件道路を時速約三〇キロメートルで南進中、約一〇・六メートル前方に本件道路に右方を確認せず自転車よりやや速い程度の速度で進出しようとする原告車を発見し、急制動の措置をとり、ハンドルを右に切つたが及ばず、被告車左前部を原告車前部に衝突させて転倒させ、原告に前記傷害を負わせたものである。
かかる場合、普段から本件道路を通行していた被告としては、団地内道路への見通しが不良であつたのであるから、減速の上、同道路から本件道路に進出しようとする車両の有無、動静を十分に確認すべき注意義務があるのに、これを怠り、本件道路にさほど速いとはいえない速度で進出しようとする原告車の発見が遅れた過失がある。一方、団地内道路から歩道を経て本件道路に進出しようとしていた原告としては、同道路上を走行する車両の有無、動静を注視、確認し、同車両との距離、速度を考慮し、これとの衝突がないように十分に距離をおいて同道路に進出すべき注意義務があるのに、これを怠り、右方の安全を十分に確認しないまま同道路に進出した過失がある。両者の過失を対比すると、原告の過失がより重く、原告は本件事故の発生に関し七割の過失があると認められるからこれを相殺控除するのが相当である。
2 なお、原告本人尋問における主尋問に対する供述中には、本件事故時、原告は一メートル六〇センチメートルある原告車の車体のうち前部八〇センチメートルを本件道路に進出させた時、衝突したのであり、歩道から本件道路に進出時の速度は、一旦停止に近いゆるやかな速度であつた旨の供述部分がある(原告本人調書八ないし一〇項)。しかし、他方、反対尋問に対する供述では、車道に出るまでの速度は、自転車より速い速度であり、左方しか見ておらず、衝突時原告車は停止していず、ブレーキもかけていなかつたとの供述部分があること(同調書三六、三七項)に照らし、原告の前記供述部分はにわかに信用できない。
3 前記二の1ないし6の損害合計額二〇二万二九一七円から、その七割を過失相殺により減額控除すると、損害額は六〇万六八七五円となる。
四 損害のてん補
前記損害額から既払い額の控除を行うと、原告の損害の補填のため、自動車損害賠償責任保険から七六万八九六一円が原告に支払われたことは当事者間に争いがないから、前記過失相殺後の損害額はすべて補填されていることになる。
五 結論
以上によれば、原告の被告に対する請求は理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 大沼洋一)